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この記事は、バンダナの歴史を 6 つの時代に分けて、年の順にたどる。

目次

〜1800 インドの絹

この時代のバンダナは、海を渡ってくる商品の名前だった。会社の帳簿では絹の反物の一種として数えられ、商店では数ある種類のハンカチーフの一つとして名前で売られた。そしてその名前は、縛って染める技法と、その結果として布に残る点を指していた。

名前のもと

バンダナという名前は、インドの言葉から来ている。ヒンディー語・ウルドゥー語の bāṅdhnū(バーンドヌー)は、布のところどころを糸で縛り、縛った所に染料が入らないようにして染める技法と、そうして染めた斑点や格子の布を指す(1884 年の辞典による)。英語の主な辞書は、そろってこの語をバンダナの語源とし、さらにたどると「縛る」を意味する語根に行き着く。ポルトガル語を経て英語に入ったかどうかは、説が分かれる。

東インド会社の記録

18 世紀の「バンダナ」は、ベンガルのカシムバザールやベルハンプルで作られた、絹の絞り染めのハンカチーフを主に指した。東インド会社はそれを、何枚分かが切り離されずに連なった反物のまま英国へ送った。英語の記録で確かめられる早い例は、1752 年 2 月にカルカッタから東インド会社の本社に宛てた書簡で、カシムバザールの商人が「ordinary bandannoes」を約束どおり納められず、届いた分も質が悪くて値が付けられなかったと報告している。

書簡はバンダナを絹の反物の一種として扱い、不足の理由に前の年の豪雨と前渡し金の遅れを挙げている。辞書には 1730 年のベンガル湾の積荷目録を最初の例とするものもあるが、その原文は確かめられていない。

北米の記録と綴り

北米には 1750 年ごろから、インドの絞りの絹のハンカチーフが大量に入るようになった。1772 年のニューヨークの新聞広告は「Bandannoe」を、ほかの種類のハンカチーフと並べて売っている。1773 年のロンドンの裁判記録は bandannos を「水玉のハンカチーフ」と言い換え、1793 年の記録には「bandanno handkerchiefs と呼ばれる絹のハンカチーフ 164 枚」が出てくる。

綴りは bandannoes、Bandano、Bandannoe、bandannos と揺れていた。

黄色の絹に、白い点の群れが斜めに並ぶ絞り染めの反物

図:バンダナの反物(絞り染めの絹)ムルシダバード・1867 年ごろ/ヴィクトリア&アルバート博物館(4936(IS))

残っている実物

19 世紀の辞典は、この布を、濃い黄色や赤の絹に菱形の点を白く染め残したものと説明している。18 世紀のバンダナの実物は、ここで参照した資料には見当たらない。ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館には、19 世紀にベンガルで作られた絞りの絹が反物の形で残っており、黄色の地に白い点の群れが散るもの、紺の地に白い輪が並ぶものがある。

絵柄を刷ったハンカチーフ

同じころ、絵柄を刷ったハンカチーフも作られていた。騎馬のワシントンを中央に刷ったカーチフ(1776 年ごろ、フィラデルフィア)がニューヨーク歴史協会に残っている。作者は捺染業者の John Hewson とされるが、確かではない。独立戦争の後には、英国の捺染業者が米国向けの記念のハンカチーフを作った。

北米が英国製品にとっていちばん伸びの速い市場だったからだと、米国の博物館の学芸員は説明している。ただし当時の記録は、こうした刷りもののハンカチーフをバンダナとは呼んでいない。

十字で四つに区切り、春夏秋冬の情景を刷ったセピア色のハンカチーフ

図:ハンカチーフ(四季の情景)綿・1800 年ごろ/メトロポリタン美術館(219485・CC0)

1800–1868 赤い綿の量産

バンダナという名前は、インドの絞り染めから来たままだった。けれども中身は、工場で赤く染めて白く抜いた綿に入れ替わっていった。海の向こうから届く絹の品だったバンダナは、この時代に、色の落ちない量産の布になった。

ターキーレッド

赤いバンダナの赤は、ターキーレッドと呼ばれる染めの色だ。アカネの根から取るアリザリンで綿を赤く染める技法で、工程は長く、牛の血や煮え立つ湯、危険な薬品を使った。1747 年にはギリシアの染め職人がフランスに招かれ、ルーアン近郊とラングドックに工房が開かれた。1785 年には、グラスゴーにスコットランドで最初のターキーレッドの工場ができた。

赤から白を抜く「抜染」

その赤い布から、塩素で模様を抜く。1789 年に塩素の漂白作用が見つかり、19 世紀の初めには、赤く染めた布の一部だけを白く抜く「抜染」が実用になった。最初に成し遂げたのが誰かには諸説ある。ミュルーズの Koechlin とする説(1810 年とも 1811 年とも)、スコットランドの捺染工 Robert Hendry がそれより早かったとする説があり、英国で最初に抜染のバンダナを作って売ったのは 1802 年の George Roger だとする説と、同じ 1802 年に Henry Monteith の会社が始めたとする説もある。

1844 年の雑誌に載ったグラスゴーの染色工場の見学記によれば、英国で最初に作られた「バンダナ」は白い布にふつうに捺染したもので、色、とくに赤が落ちやすく評判が悪かった。捺染した綿布には重い税もかかっていた。この二つの事情が、染めてから抜くやり方へ移るきっかけになったという。

赤地に花の房を散らし、波打つ縁で囲んだバンダナ。2 枚分が切り離されずに続いている

図:バンダナ(2 枚分が続いた布)綿・19 世紀/メトロポリタン美術館(219154・CC0)

バンダナ・ギャラリー

抜染の現場は大がかりだった。Monteith 社の工場には「バンダナ・ギャラリー」と呼ばれる作業場があった。1840 年の技術辞典によれば、水圧プレス 16 台を一列に並べ、ターキーレッドに染めた布を 12〜14 枚重ねて、穴をあけた鉛の型板で上下から挟み、型の溝から塩素の液を流して模様を抜いた。

10 分ごとに 224 枚、10 時間で 1 万 9,200 ヤードを、4 人で処理したという。

色と柄

同じ見学記は、赤・青・紫の地に黄や白の点を群れにして散らしたものを「バンダナ」と呼び、人気の理由は色が落ちないことだったと書いている。工場のバンダナは、ベンガルの絞りの絹を模して作られていた。19 世紀のターキーレッドの抜染に使われた色は、赤・白・黄・青・緑・黒、それに桃だった。

初期の柄は、縁の縞と、中央に散らした点や星やクラブのような単純なものだった。刷りの技術が進み、求める人が増えるにつれて、細い黒い線を組み合わせた込み入った柄が出回るようになった。

白地に赤い花の縁を回し、中央に小さな輪の点を散らしたハンカチーフ

図:ハンカチーフ 綿・19 世紀/メトロポリタン美術館(219155・CC0)

「Monteiths」と呼ばれた赤

スコットランドの赤いバンダナは、欧州大陸や北米で「Monteiths」と呼ばれた。ヴェイル・オブ・レヴェンでは 1816 年に William Stirling & Sons がターキーレッドを始め、バンダナの取引は Stirling と Monteith の 2 社がほぼ独占していたと伝えられる。

最初のターキーレッドのバンダナが作られた土地も、グラスゴーとする記録と、ヴェイル・オブ・レヴェンとする展示の解説とで分かれている。

絹から綿へ

海の向こうでは、入れ替わりが起きていた。米国には 1750 年ごろからインドの絞りの絹のハンカチーフが大量に輸入されていたが、1820 年代にはインドの捺染品に人気を奪われ、1830 年代には英国・中国・米国製の模倣品に取って代わられた。ベンガルでの絞りの生産そのものは、1860〜80 年代にも続いていた記録がある。

1840 年の技術辞典は、欧州の模倣品が意匠の美しさと精度で、東洋の原品をすでに大きく上回ったと書いている。

1868 年、ドイツの化学者がアリザリンを合成した。

1869–1900 米国で国産化

輸入品だった赤いバンダナは、この時代に米国で作られ、数セントで買える布になった。同じ布が、選挙では陣営の印として振られ、西部では砂ぼこりよけとして顔を覆った。

合成アリザリンと国産化

1868 年、ドイツの化学者 Carl Graebe と Carl Liebermann が、アカネの主な色素であるアリザリンを合成した。翌 1869 年には、工業的な製法の特許がドイツと英国で出願された。1917 年に米国の捺染の歩みを振り返った講演録によれば、それまでターキーレッドのバンダナはすべて輸入品だったが、合成アリザリンが出たことで、米国の捺染業者もこれを作れるようになった。

国産のバンダナは初め 1 枚 20〜25 セントで売られ、1〜2 年のうちに 7 セント、さらに 5 セントまで下がっても利益が出たという。マサチューセッツ州マルデンの Cochrane 家が合成アリザリンを輸入し、1880 年代には米国で政治バンダナを含むターキーレッドの捺染が行われていた、とキルト史の研究者は書いている。

赤地の中央に Cleveland と Thurman の肖像と「1888 CAMPAIGN BANDANNA」の文字を刷った選挙バンダナ

図:選挙バンダナ(Cleveland と Thurman)1888 年/コーネル大学図書館(Susan H. Douglas Political Americana Collection・著作権の制約なし)

スコットランドのその後

スコットランドでも、ターキーレッドの抜染によるバンダナは 20 世紀の初めまで作られ続けた。ただ、グラスゴーでバンダナを量産した Barrowfield の工場は 1873 年に取り壊され、1898 年にはヴェイル・オブ・レヴェンの 3 社が合同して United Turkey Red となった。

選挙のバンダナ

同じころ、バンダナは選挙の道具にもなっていた。米国の国立アメリカ歴史博物館には、1880 年の「Garfield- Arthur」、1888 年の「Harrison and Morton」、1896 年の「McKinley- Hobart」など、候補者の名や標語を刷った選挙バンダナが残る。

大きさは一辺 16〜22 インチ半ほどだった。1888 年の大統領選では、民主党の副大統領候補 Allen G. Thurman が演説の途中に赤いバンダナで額の汗を拭く姿が党の象徴になり、歌にもなった。支持者は旗竿にバンダナを結び、共和党は歌で赤いバンダナを「汗拭き布」とからかって、振るべきは国旗だけだと応じた。

この年の広告には、100 種類を超える選挙バンダナが 1 ダース 47 セントから 6 ドルで載っている。

中央の菱形に星条旗、上に Harrison と Morton の名、まわりに標語を刷った選挙のハンカチーフ(白黒写真)

図:選挙のハンカチーフ(Harrison と Morton)1888 年/メトロポリタン美術館(20429・CC0)

西部のカウボーイ

西部では、バンダナは働く道具だった。1892 年から西部を見てきた Philip Ashton Rollins は、1922 年の著書で、カウボーイの首の布は飾りではなく、ときどき使う覆面だったと書いている。対角に折って首に結び、牛の群れの後ろを走るときは口と鼻まで引き上げて砂ぼこりを防ぎ、みぞれや寒風もしのいだ。

白は光を照り返して人や動物の注意を引き、汚れも目立つので避けられた。たいていは赤い木綿で、それはカウボーイが選んだからではなく、地方の店に白のほかにはその色しかなかったからだという。

草原で馬にまたがり、こちらを向くカウボーイ

図:騎馬のカウボーイ 1888 年ごろ/John C. H. Grabill 撮影・米国議会図書館(パブリックドメイン)

1 枚 3 セントの広告

1898 年のミシガン州の新聞には、「紳士用の青と赤のバンダナ、full size、fast color」を 1 枚 3 セントで売る広告が載っている。fast color は、色が落ちない、移らないという売り文句だった。のちに象の商標で知られるニューヨークの Davis & Catterall も、このころに始まった。

創業の年は資料によって 1894 年、1897 年、1898 年と分かれている。

1900–1959 働く人の布

数セントで買える作業用品になった赤い布は、同じ時代に、炭田では組合の仲間を見分ける印として首に巻かれた。

工場の系列と象の商標

20 世紀に入ると、米国のバンダナは工場の系列で作られる商品になった。ニューヨークの Davis & Catterall は 1905 年に法人となり、ノースカロライナの織布工場やニュージャージーの捺染工場の販売を受け持って、ハンカチーフと捺染布を扱った。同社がのちに申告したところでは、象の商標を初めて使ったのは 1913 年 1 月 13 日で、鼻を下に向けた象を縄目の枠と椰子の木で囲んだ図形を 1947 年に出願し、1949 年に登録している。

縄目の枠と椰子の木を背に、鼻を下に向けた象の図

図:エレファントブランドの象の図形(1947 年出願)/米国特許商標庁の記録(登録 513697)

どこでも安く買える布

バンダナは、どこでも安く買える布だった。新聞広告には、赤と青のバンダナが 1914 年に 5 セント、1926 年に 7 セント、1948 年に 14 セントで出ている。1928 年秋の Sears の通販カタログは、約 19 インチ半×20 インチの綿のバンダナ・ハンカチーフを、赤か青で 6 枚 40 セントで載せた。

通販会社 Montgomery Ward が 1929 年から使ったと申告している作業着の銘柄 POWR-HOUSE の品目にも、バンダナが入っている。サウスカロライナ州グリーンビルの Hav-A-Hank は 1947 年に商標を使い始め、1 枚ずつ台紙に付けて売り場に吊るすハンカチーフで、1954 年の業界誌に「台紙付きハンカチーフの世界最大の売り手」と紹介された。

炭田の赤い布

炭鉱では、赤い布が組合の印になった。1912 年から 1936 年にかけてのアパラチアの炭田で、統一鉱山労働組合などは、組合員の鉱夫を指す蔑称の redneck と赤いハンカチを、自分たちの印として引き受けた、と研究者は書いている。1921 年 8 月、ウェストヴァージニア州のブレア山に向かった武装行進では、組合側の鉱夫が手に入りやすい赤いバンダナを首に巻いて敵味方を見分ける印にし、反組合側は白い腕章を着けた。

redneck という語がこの戦いから生まれたという話もあるが、語はそれより前から使われていた。

続く選挙のバンダナ

選挙のバンダナも作られ続けた。1912 年のセオドア・ルーズベルトのバンダナには選挙歌の歌詞と楽譜が、1956 年の Adlai Stevenson のバンダナには写真と標語が刷られた。1952 年のアイゼンハワーの選挙カーチフは Davis & Catterall 製で、赤と青のスクリーン捺染だった。

同社は 1950 年代には服地の会社としても広告を出し、1959 年には「バンダナ・コットン」とうたった柄の服地を売っている。

「色が落ちない」という売り文句

「色が落ちない」という売り文句も広がった。fast color の語は 1920 年代の新聞広告にも見え、1936 年の Sears のカタログは、ハンカチーフ全体に「All fast color」とうたった。同じ年の家政学の雑誌は、どんな条件でも落ちない染料はまれだと注意している。

1942 年、連邦取引委員会は、十分な堅牢さがないのに Fast Color などの語を使うことを不公正な取引とする規則案を示し、公聴会で業界はそろって反対した。この案が最終的に採られたかは確かめられていない。

緑の地に赤と黄で刷り、三重の枠の中にペイズリーを列に並べたハンカチーフ

図:ハンカチーフ 綿・1913 年 Steiner 社(英国)/ヴィクトリア&アルバート博物館(T.141-2004)

柄とペイズリー

柄の上では、英国の 1913 年の綿のハンカチ(Steiner 社)が、中心の長方形にペイズリーを列にして並べている。1937 年のリバティの絹の戴冠記念品では、対になった大きなペイズリー 8 つが中央を放射状に囲む。米国では、西部の衣装が映画の歌うカウボーイを通じて様式化され、飾りのバンダナは芸能人の装身具にもなったとされる。

ジーンズの Lee の名を中央に刷り、周りにロデオの種目を描いたバンダナもある(収集家は 1950〜60 年代のものと見ている)。

1960–1979 色が合図になる

同じ赤と青の布が、この時代、離れた二つの場所でそれぞれの合図になった。法律が布に作り手の名と番号を書かせるようになったのも、この時代だった。

繊維製品表示法

1958 年に繊維製品表示法が成立し、1960 年 3 月に施行された。ハンカチーフも対象に明記され、繊維の名前と、作った会社の名か RN と呼ばれる識別番号を印字する仕組みが、法律で定まった。輸入品の原産国の表示も、この法律の当初から求められていた。1962 年には連邦取引委員会が、繊維の表示のないハンカチーフ約 1 万 7,000 ダースを出荷したハンカチーフ会社に、違反の停止を命じている。

象の商標の持ち主

象の商標は、Davis & Catterall から I. Shalom & Co. へ移った。譲渡が記録されたのは 1968 年 3 月で、持ち主が替わった年を 1947 年や 1964 年とする説もある。1969 年、I. Shalom は鼻を高く巻き上げた象の図形を出願した。

1947 年の図形の象は、鼻を下に向けていた。収集家のあいだでは、象の鼻の向き、耳(織り端)の数、FAST COLOR や RN の印字でバンダナの年代を見分ける方法が語られているが、区切りの年は説ごとに食い違う。登録の記録から言えるのは、1947 年に出願された象は鼻が下、1969 年に出願された象は鼻が上、ということまでだ。

1974 年、国務省がテヘランの国際見本市のために米国の赤いバンダナの供給元を問い合わせた電報では、I. Shalom が自社を「米国最大」と名乗り、1 ダース 3.65 ドルを示している。1975 年の工業名簿の銘柄索引にも、ELEPHANT のバンダナが載っている。

枠のない、鼻を高く巻き上げた象の図

図:エレファントブランドの象の図形(1969 年出願)/米国特許商標庁の記録(登録 892509)

ヒッピーのヘッドバンド

1967 年の「サマー・オブ・ラブ」の後、ヒッピーは絞り染めやペイズリーのバンダナをヘッドバンドにした、とされる。

ハンキー・コード

1970 年前後のサンフランシスコのゲイ・レザー文化では、ハンカチの色と、それを入れる尻ポケットの左右で、性的な好みや役割を示す合図が広がった。ハンキー・コードと呼ばれる。1977 年の Hal Fischer の写真作品とエッセイ『Gay Semiotics』は、この合図がレザーの世界の実用から生まれ、サンフランシスコでは 1971 年ごろから見られるようになったと書く。

赤と青の意味はそれより前からあり、店の The Trading Post がハンカチを売り出して、ほかの色にも意味を割り振ったカードを刷ったという。Fischer はこの話を、The Trading Post の関係者から聞いたと謝辞に記している。起源には、ほかにも諸説ある。ゴールドラッシュ後のスクエアダンスで青が男役、赤が女役を示したことにさかのぼるとする説、1970 年代の Village Voice 紙の冗談から始まったとする説(年は資料によって違う)、1972 年に仕入れの手違いで倍の数が届いたバンダナを売るために、レザー店の店主が色の表を広げたとする本人の主張がある。

「COLOR CODES (Handkerchiefs)」と題し、左・色・右の 3 列に 12 色を並べた本の頁

図:色の表(Bob Damron's Address Book, 1980)/The Saint Foundation 所蔵本の写真(CC BY-SA 4.0)

1980 年の色の表

1980 年の『Bob Damron's Address Book』は、次の 12 色の表を載せている(左のポケット/右のポケット)。

  • 濃い青:肛門性交(表の語は Greek)の能動側/受け身側
  • 赤:フィスティングをする側/受ける側
  • マスタード:性器が 8 インチ以上ある/それを求める
  • 水色:シックスナインをする/しない
  • オレンジ:何でも/何もしない
  • 黄:放尿のプレイをする側/受ける側
  • オリーブドラブ:制服を持っている/求めている
  • 緑:体を売る側/買う側
  • 茶:スカトロの攻め側/受け側
  • 灰:主人役/奴隷役
  • 白:自慰(左は J/O、右は Gives J/O と刷られている)
  • 黒:鞭で打つ側/打たれる側
1977 年の記述との違い

1977 年の Fischer は、青・赤・黒・黄の 4 色の意味を書き、体の左を能動、右を受け身とする。黒は、1980 年の表が鞭で打つ側と打たれる側とするのに対し、Fischer はマゾヒズムとサディズムの傾向と、より広く書いている。紫やピンクなど、ほかの色の意味を挙げる一覧もあるが、元の資料では確かめられなかったので、ここには載せない。

1971 年ごろの The Trading Post のカードは、実物も写しも見つかっていない。

ギャングの色

同じ 1970 年代のロサンゼルスでは、赤と青がギャングの色になった。1973 年にクリップスの創設メンバーの一人が撃たれて亡くなると、追悼に青いバンダナが着けられ、青がクリップスと結びついたとされる。ブラッズは赤を色とした。カリフォルニアのギャングのあいだでは、ペイズリー柄のバンダナがはやったとされる。

1980– 世界の定番へ

作る場所が海を越え、商標の持ち主が替わっても、バンダナの名前と柄の型は残った。同じ一枚が、ある場所では記号として警戒され、別の場所では追悼の印になり、博物館の展示ケースにも収まるようになった。

海外へ移った生産

1980 年代、エレファントブランドの生地と捺染はノースカロライナから海外へ移り、ブランドは中国の業者に使用が許されるようになった、と収集家は I. Shalom 社への聞き取りをもとに書いている。1984 年の法改正では、米国製品に米国製と表示することが義務になった。1990 年ごろの米国製のバンダナの縁には「MADE IN U.S.A.」の文字と、星形の「Crafted with Pride」のロゴが刷られている。

商標はその後も持ち主を変え、Hav-A-Hank の商標は 2015 年と 2024 年に、ELEPHANT の文字商標は 2021 年に譲渡された。1947 年に出願された鼻の下がった象の図形は、2021 年に登録が取り消されている。

黄地に黒と白で、メダリオンとペイズリーの枠と小紋を刷ったバンダナ

図:バンダナ 綿・1990 年ごろ Springs Industries(米国)/ヴィクトリア&アルバート博物館(T.97-2019)

今の柄の組み立て

今のバンダナと聞いて思い浮かぶ柄の組み立ては、ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館が所蔵する 1990 年ごろの英国製の赤いバンダナに、そのまま見ることができる。外側から順に、無地の余白、点を並べた外縁、ペイズリーと蔓の縁帯、四隅の大きなペイズリー、花びらが波打つ内縁、そして涙形の小さな模様が中心のまわりを環になって回る地と、小さな十字の中心紋。

赤の地に、白と黒で刷られている。この組み立てを、いつ誰が定めたかは、資料では確かめられていない。

赤地に白と黒で、四隅のペイズリー・縁帯・涙形の環・十字の中心紋を刷ったバンダナ

図:バンダナ 綿・1990 年ごろ(英国)/ヴィクトリア&アルバート博物館(T.77-2019)

日本のバンダナ

日本では 1981 年、テレビ番組で片岡鶴太郎が近藤真彦の物真似をして人気を得た。本人はのちに、当時を「バンダナを巻いたシンデレラボーイ」と振り返っている。1980〜90 年代に渋谷から広がったアメカジでも、バンダナは代表的な品目の一つに数えられる。2000 年代には、おたく層がバンダナを頭に巻くというイメージが、2005 年のドラマ『電車男』などで語られたが、ごく一部の現象だとする見方もあり、諸説ある。

ギャングの記号として

米国では、バンダナがギャングの記号として扱われることが増えた。1995 年、NFL はヘルメットの下に巻くバンダナの禁止を検討し、幹部は少年たちへの影響を挙げ、選手は「ばかげた連想」だ、安全のための装備だと反論した。テキサス州のある学区の手帳は、ギャングに関わる服装として野球帽やバンダナを並べていた。

1997 年の判決は、そこに挙がっていないロザリオにまで規定を当てはめたことを、あいまいだとして退けている。2011 年のワシントン州の研修資料も、注意すべき服装にバンダナを挙げた。一方 2021 年、カリフォルニア州オックスナードの学区は、ギャングの服装の判断は人種や出身などへの偏見によってはならない、と服装規定に書き加えた。

記憶の布

バンダナは記憶の布にもなった。2001 年 9 月 11 日、世界貿易センターの南棟で人々の避難を助けて亡くなった Welles Crowther は、赤いバンダナを口と鼻に当てていた「赤いバンダナの男」として、翌年に身元が分かった。ウェストヴァージニア州マテワンには 2015 年に鉱山戦争博物館が開き、2025 年からは、1921 年のブレア山の戦いの前に、組合側の鉱夫が集まる野営地へ巻いて向かった鉱夫の赤いバンダナを展示している(持ち主はその後の行進には加わらず、家に戻ったと博物館は伝える)。

2020 年、新型コロナウイルスの流行の初めには、米国疾病予防管理センターが、縫わずに作る布の顔覆いの材料にバンダナを挙げた。同じ年の 9 月、デューク大学の研究は、バンダナなどの代用品には飛沫を防ぐ効果がほとんどないと報告している。

縁が裂け、生地のすり切れた赤いバンダナ。四隅にペイズリー

図:赤いバンダナ(Hub Bane 旧蔵・1921 年)/ウェストヴァージニア鉱山戦争博物館

バンダナ博物館(岡山・児島)

岡山県倉敷市児島には、THE ELEPHANT BRAND BANDANNA MUSEUM がある。2014 年に、キャピタル(KAPITAL)の瀬戸内児島 SOHO 店の別館として開いた。展示しているのは、1910 年ごろから 1980 年代ごろまで主に米国の東海岸で作られ、端に小さな象の印を入れたエレファントブランドのバンダナで、同社の平田和宏が十数年かけて集めたものから選んでいる。

シカゴの愛好家で、研究サイト Bandanna Almanac を書く Jonathan Lukacek も資料を寄せた。館には、ターキーレッドの歴史を英語と日本語で説明する解説や、ワークウェアのブランド名を刷ったバンダナの展示もある。SOHO 店では、1775 年からの米国の旗やハンカチーフ、選挙のバンダナなどを載せた 1979 年の資料本『Threads of History』(スミソニアン協会の出版局刊)を、申し出れば見ることができる。

平田は 2008 年と 2009 年に、エレファントブランドのバンダナの本も出している。

ハイファッション

ハイファッションでも、2013 年のシャネル、2017 年のルイ・ヴィトンと Supreme の協業、2022 年のルイ・ヴィトンとディオールなどが、バンダナの柄を取り入れた。

年表

〜1800
  • c.1590 『アーイーニ・アクバリー』が皇帝の改良した織物に Bándhnún(絞り染め)を挙げる。バンダナの語のもとになった語(ムガル宮廷(アクバル治世))
  • 1730 OED は英語 bandana の最古例をこの年の積荷目録とする。原文は未確認で、1752 年とする辞書もある(ベンガル湾)
  • 1740–60 コロマンデル海岸のチンツ(手描き更紗)のハンカチーフ。87×88 cm(V&A 所蔵)(コロマンデル海岸)
  • 1746–63 スウェーデン東インド会社が、広州とベンガルのハンカチーフ地を輸入する(スウェーデン/広州/ベンガル)
  • 1747 Ferquet と Goudard がギリシア人の職人を招き、フランスにターキーレッドの工房を開く(ルーアン、ラングドック)
  • 18 世紀半ば 東インド会社がベンガルの絞り染めの絹反物を英国へ輸出。これが「バンダナ」のハンカチーフになる(ベルハンプル → 英国)
  • c.1750– インドの絞り染めの絹ハンカチーフが、北米へ大量に輸入され始める(インド → 北米)
  • 1752 年 2 月 23 日 カルカッタ発の書簡に "ordinary bandannoes"。原文で確かめられる英語の早い用例(カルカッタ → ロンドン)
  • 1765 フランス政府が、赤の染色法ターキーレッドの製法を公刊する(フランス)
  • 1771 年 10 月 31 日 Virginia Gazette の商品広告に "Bandano handkerchiefs" が載る(ヴァージニア)
  • 1772 年 1 月 2 日 New-York Journal の広告が、ハンカチーフの種類に "Bandannoe" を挙げる(ニューヨーク)
  • 1773 年 1 月 13 日 オールド・ベイリーの裁判記録が、bandannos を「水玉のハンカチーフ」と説明する(ロンドン)
  • c.1776(1775〜76 頃) 騎馬のワシントンを刷ったカーチフ。John Hewson 作とされるが帰属は諸説あり、マーサの発注説も推測の域(フィラデルフィア)
  • 1785 Dale・Macintosh・Papillon が、スコットランド初のターキーレッド工場 Dalmarnock を開く(グラスゴー)
  • 1786 英国下院が、ターキーレッドの製法に対して Borelle 兄弟に懸賞金を出す(英国)
  • 1789 Berthollet が塩素の漂白作用を発見。のちに赤地から模様を抜く抜染に応用される(フランス)
  • c.1792 ロンドン近郊の Henry Gardiner の工房が、米国向けの記念ハンカチーフを作る(ワンズワース)
  • 1793 年 10 月 30 日 オールド・ベイリーの裁判記録に「bandanno handkerchiefs と呼ばれる絹のハンカチーフ 164 枚」(ロンドン)
  • c.1797 William Gillespie & Co. が、ワシントンの退任を記念するハンカチーフを作る(グラスゴー(アンダーストン))
1800–1868
  • 1802 英国で最初の抜染バンダナが売られる(George Roger とも Monteith 社とも。諸説あり)(グラスゴー)
  • 1802 Henry Monteith がターキーレッド染めを始め、ハンカチーフ工場を開く(ブランタイア/バロウフィールド)
  • 1805 Dalmarnock 工場が Monteith, Bogle & Co. に売られ、Barrowfield 工場となる(グラスゴー)
  • 1808 頃 Köchlin がターキーレッドの布で名声を得る(Ure の記述)(ミュルーズ)
  • 1809 記念ハンカチーフを刷った Thorpe, Siddall & Co. が、米国初のローラー捺染を主張(ジャーマンタウン)
  • 1810/1811 Koechlin がさらし粉でターキーレッドを抜く方法を開発(年は二説。スコットランド人が先とする説も)(諸説あり)(ミュルーズ)
  • 1813 Milburn の交易書が、英国に入るベンガルの反物の一つにバンダナを挙げる(ロンドン)
  • 1816 Wm. Stirling & Sons がターキーレッドを始める。のちに Monteith 社とバンダナ取引をほぼ独占(ヴェイル・オブ・レヴェン)
  • 1820 年代 インドの絞りのバンダナが、捺染の choppa(チョッパ)に人気を奪われる(米国市場)
  • 1823 Ure が Monteith 社の「バンダナ・ギャラリー」(抜染工場)を記述(初出は 1823 年とも 1824 年とも)(諸説あり)(グラスゴー(Brande's Journal))
  • 1824 ラファイエット来訪の記念ハンカチーフを Thorpe, Siddall & Co. が作る(フィラデルフィア)
  • 1829 バンダナが英国で 31 インチ四方に標準化されたと博物館が解説(典拠は不明)(英国)
  • 1830 年代 各地で作られた模倣品が、インド産のバンダナに取って代わる(英国・中国・米国)
  • 1831 急進派が印紙税を逃れるため、定期刊行物を綿のハンカチーフに刷って出す(ロンドン)
  • 1840 Ure『技術辞典』のバンダナの項。16 台のプレスで 10 分ごとに 224 枚を抜染すると記す(ロンドン)
  • 1844 年 7 月 Penny Magazine の工場見学記。バンダナを約 1 ヤード四方ずつ、14 枚重ねて抜染すると記す(グラスゴー(ロンドン刊))
  • 1846〜48(米墨戦争期) 兵士が支給の革の襟を捨て、安いペイズリーのカーチフを首に巻いたとされる(米国陸軍)
  • 1848 サッカレー『虚栄の市』に「バンダナ男爵(Baron Bandanna)」の冗談が出る(ロンドン)
  • c.1850 タッサー絹に捺染したハンカチーフ(V&A IS.17-2008)(ベンガル)
  • 1866 トロロープの小説に "a large red bandana handkerchief"(大きな赤いバンダナ)(英国)
  • 1867 インド博物館の受入票に "Badhoonoo" と 7 ヤード単位の値。この絹のバンダナ反物は V&A に残る(ムルシダバード)
  • 1868 Graebe と Liebermann が、アカネの主な色素アリザリンを合成する(ベルリン)
1869–1900
  • 1869 BASF と英国の Perkin が合成アリザリンの特許を出願(BASF が 1 日早いとも、同じ月とも)(諸説あり)(ドイツ/英国)
  • 1869 頃以後 合成アリザリンで米国の捺染業者もターキーレッドのバンダナを国産化。小売値は 20〜25¢ から 5¢ へ(米国)
  • c.1870 米国製とされる木版防染の未裁断ハンカチーフ(2 枚続き)。反物は通常 7 枚続きで売られたと解説される(米国)
  • c.1870–76 Archibald Orr Ewing & Co. のハンカチーフ/バンダナ(グラスゴー博物館蔵)(ヴェイル・オブ・レヴェン)
  • 1873 バンダナを抜染した Barrowfield 工場が閉鎖され、取り壊される(グラスゴー)
  • 1875 関税評価に "Bandanah Choppahs"。7 枚続きの反物を単位とする(カルカッタ)
  • 1879 インド博物館の所蔵品が V&A に移る。ベンガルのバンダナ反物もこの経路で入る(ロンドン)
  • c.1880 ベンガルの絞りを模して抜染した絹のハンカチーフ(V&A IS.18-2008)(英国(マンチェスターかグラスゴー))
  • 1880 Garfield–Arthur の選挙バンダナ(NMAH 所蔵)。Cochrane 社の署名入りの選挙バンダナもある(米国)
  • 1884 Platts の辞典が bāṅdhnū を「絞り染め・斑の布・色絹」と定義する(ロンドン)
  • 1886/1903 英印語辞典 Hobson-Jobson に BANDANNA の項が立つ(1903 年に増補)(ロンドン)
  • 1888 大統領選で民主党 Thurman の赤いバンダナが陣営の象徴になる。広告には 100 種超の選挙バンダナ(米国)
  • c.1888 Grabill が撮った騎馬カウボーイの写真(米議会図書館蔵)。バンダナを着けた働くカウボーイと注記される(米国西部)
  • 1894/1897/1898 のちにエレファントブランドを出す Davis & Catterall が創業(年は諸説あり)(ニューヨーク)
  • 1896 Baden-Powell が米国生まれの斥候 Burnham をまね、日焼けよけに首にハンカチを緩く結ぶ(南ローデシア)
  • 1898 Stirling 社など、ターキーレッドの 3 社が合同して United Turkey Red となる(ヴェイル・オブ・レヴェン)
  • 1898 新聞広告に「青・赤のバンダナ、フルサイズ、fast color(色落ちしない)、3¢」(ミシガン州)
1900–1959
  • 1904 リネンの「bandanna」、19 1/2 インチ四方(NMAH 所蔵)(米国)
  • 1905 The Davis & Catterall Company が資本金 12.5 万ドルで法人化する(ニュージャージー州パセーイク)
  • 1906 Victory Mfg. Co. 設立。のちハンカチーフ用の生地を織り、販売は Davis & Catterall(ノースカロライナ州フェイエットビル)
  • 1908〜09 業界名簿に「Davis & Catterall. Handkerchiefs and Prints. 25 Worth」(ニューヨーク)
  • 1908 『Scouting for Boys』が、隊ごとに色の違うスカーフを制服に定める(英国)
  • 1910 頃 緑色のタグに「鼻が下」の象。エレファントブランド最古のラベルとする収集家の推定(米国東海岸)
  • 1911 ブリタニカ第 11 版:バンダナは今は綿製でランカシャー産、模様は抜染で出す(英国)
  • 1912 T. ルーズベルトの選挙バンダナに、選挙歌「We Want Teddy」の歌詞と楽譜(米国)
  • 1912〜1936 赤いハンカチが組合員の徽章になる。組合員の鉱夫は redneck とも呼ばれた(語自体はそれ以前からある)(アパラチア炭田)
  • 1913-01-13 エレファントブランドの象の商標の初使用日(のちの出願で申告した日。登録年ではない)(米国)
  • 1921-08 ブレア山の戦い。組合側の鉱夫は赤いバンダナを首に巻いて目印にし、反組合側は白い腕章(ウェストヴァージニア州ブレア山)
  • 1922-04 Rollins『The Cowboy』刊。首の布はときどき使うマスクで、赤いのは店に白以外それしかなかったからと記す(米国)
  • 1924-05-15 カーチフ・ハンカチーフの銘柄 TUSIDE の初使用(のちの S.E. Rains Co.)(ニューヨーク)
  • 1926-04-06 Davis & Catterall を譲受人とする「ハンカチーフ」の意匠特許 D69,821(米国)
  • 1928 Sears の通販カタログに、綿のバンダナ・ハンカチーフ(6 枚 40¢ ほか)(シカゴ)
  • 1929-10-03 Montgomery Ward の作業着銘柄 POWR-HOUSE の初使用(のちの出願でバンダナも指定商品に)(シカゴ)
  • 1936 ターキーレッドが、ナフトール系の合成染料に完全に置き換わる(スコットランド)
  • 1936-12-03 Southern Handkerchief Mfg. Co. のハンカチーフ銘柄 ALL AMERICAN の初使用(サウスカロライナ州グリーンビル)
  • 1940-10-14 羊毛製品表示法が成立。綿のバンダナは対象外だが、この法の番号(WPL)はのちの繊維表示にも使える(米国)
  • 1942-08-05 FTC が "Fast Color" などの絶対表現を規制する規則案を公表。業界は公聴会で反対(ワシントン)
  • 1947-01-15/1947-03-10 Carolina Mfg. Co. が Hav-A-Hank のラベルを著作権登録し、3 月に商標を初使用(グリーンビル)
  • 1947-07-01 Victor B. Handal & Bro. の銘柄 VITRO(ハンカチーフとバンダナ)の初使用(ニューヨーク)
  • 1947-11-28 Davis & Catterall が象の図形(鼻が下)を商標に出願。1949 年に登録(米国)
  • 1949-11-17 Davis & Catterall が文字商標 ELEPHANT を出願。1951 年に登録(米国)
  • 1950 Davis & Catterall の広告が「Est. 1898」と名乗り、綿生地を "washfast colors" と宣伝(ニューヨーク)
  • 1952 Davis & Catterall 製のアイゼンハワー選挙カーチフ(ニューヨーク歴史協会蔵)(ニューヨーク)
  • 1952 Glensder の銘柄 TOP-BANDANA(スカーフ・カーチフ)の初使用(ニューヨーク)
  • 1954 包装業界誌が Hav-A-Hank を「台紙付きハンカチーフで世界最大の売り手」と紹介(米国)
  • 1955 Paris Handkerchief Co. が、エッフェル塔の図形をハンカチーフの商標に出願(ニューヨーク)
  • 1956 Stevenson の選挙バンダナに、候補者の写真と「All the Way with Adlai」(米国)
  • 1957〜59 Davis & Catterall が生地の柄を著作権登録。"Arlene" はバンダナ柄の綿地(ニューヨーク)
  • 1958-09-02 繊維製品表示法(TFPIA)が成立。輸入品の原産国表示は、この法の当初から求められた(米国)
  • 1959 頃 収集家によれば、表示に使う RN 番号の新系列が 13670 から始まる(米国)
  • 1959-06-02 繊維製品表示法の施行規則を公布。ハンカチーフも表示の対象になる(米国)
1960–1979
  • 1960 United Turkey Red が Calico Printers' Association に買収される(英国)
  • 1960-01-07 閉店セールの広告に、Elephant Brand の作業用カーチフ 4 枚 62¢(オハイオ州セーラム)
  • 1960-03-03 繊維製品表示法が施行。繊維名と RN 番号の印字は、法的にはこれ以後の仕組み(米国)
  • 1962 FTC が Paris Handkerchief Co. ほかに、繊維表示のないハンカチーフの出荷をやめるよう命じる(ペンシルベニア州ウォルナットポート/ニューヨーク)
  • 1963-06-01 Hav-A-Hank の Carolina Mfg. Co. が、全資産を H. Fendrich, Inc. に譲る(グリーンビル→エバンズビル)
  • 1964 販売店は「Planet Socks が買収」とするが、商標の登録記録とは合わない(異説)(諸説あり)
  • 1966-09 オハイオ州の新聞に "black dew rag" と "black bandana" を並べた記述(米国オハイオ州)
  • 1967-12-04 Hav-A-Hank の権利者 H. Fendrich が Fendrich Industries に改称(インディアナ州)
  • 1968-03-06 象の商標が Davis & Catterall から I. Shalom & Co. へ譲渡されたと登録記録に記される(ニューヨーク)
  • 1969-10-07 I. Shalom が、鼻を上に巻き上げた象の図形を出願。1970 年に登録(ニューヨーク)
  • 1970 工業名簿に Davis & Catterall(赤・青のバンダナも)と Carolina Mfg(バンダナも)(米国)
  • c.1970 Village Voice の冗談がハンキー・コード(色のハンカチの合図)の始まりとする説(起源は諸説あり)(ニューヨーク)
  • c.1971 店 The Trading Post が色ごとの意味を刷ったカードを作り、ハンカチの合図が広がる(サンフランシスコ)
  • 1972 Alan Selby が、各色のバンダナを売るため拡張版の合図を作ったと主張(諸説あり)(サンフランシスコ)
  • 1972 Willie Nelson がオースティンへ移る。以後、三つ編みとバンダナが彼の姿の目印になる(テキサス州オースティン)
  • 1973-02-23 クリップスの Buddha Morrow が死去。追悼の青いバンダナが集団の色になったとされる(ロサンゼルス)
  • 1974-08-28 国務省の電報が赤いバンダナの国内供給元を挙げる。I. Shalom は「米国最大」と自称(ワシントン→テヘラン)
  • 1975 工業名簿の銘柄索引に「ELEPHANT, Bandannas, Davis & Catterall」(米国)
  • 1977 Hal Fischer『Gay Semiotics』が、ハンカチの色の合図を記録する(サンフランシスコ)
1980–
  • 1980 年代 エレファントブランドの生地と捺染が海外へ移る(I. Shalom への聞き取りによる収集家の記述)(ノースカロライナ→海外)
  • c.1980 『Bob Damron's Address Book』が、色の意味の表を毎年載せる(米国)
  • 1981 片岡鶴太郎が近藤真彦の物真似でバンダナを巻き、人気を得る(日本)
  • 1983 Townsend『The Leatherman's Handbook II』の色の表が「権威あるもの」とされる(米国)
  • 1984-09-24 法改正で、米国製品への「米国製」表示と通販カタログでの開示が加わる(輸入品の原産国表示は 1958 年から)(米国)
  • c.1990 赤い綿のバンダナ。隅に大きなペイズリー、地に涙形を環に並べる、今の定番の構成(V&A 所蔵)(英国)
  • 1993〜94 2Pac が写真や公演で、バンダナを後ろ向きに結んだ姿を見せる(米国)
  • 1995-05 NFL で、ヘルメットの下に着けるバンダナの禁止が議論される。選手は安全装備だと反論(米国)
  • 1997 Chalifoux 判決。バンダナなどを列挙した学区のギャング服規定を、ロザリオへの適用について漠然性ゆえ無効とする(米国テキサス州)
  • 2001-09-11 世界貿易センターで避難を誘導した Welles Crowther が「赤いバンダナの男」として追悼される(ニューヨーク)
  • 2005 ドラマ『電車男』などで「おたく=頭にバンダナ」の像が語られる(出典なし。一部の現象とする意見も)(諸説あり)(日本)
  • 2011 警察系のギャング研修資料が、注意すべき服装に「Bandanas」を挙げる(米国ワシントン州)
  • 2014 THE ELEPHANT BRAND BANDANNA MUSEUM が KAPITAL の別館に開館(岡山県倉敷市児島)
  • 2015-04-01 HAV-A-HANK の商標が Springs Creative Products Group へ移る(ロックヒル)
  • 2015-05 1921 年のブレア山の戦いなどを伝える、ウェストヴァージニア鉱山戦争博物館が開館(ウェストヴァージニア州マテワン)
  • 2020-04 CDC が、バンダナで縫わずに作る布製フェイスカバーの手順を載せる(米国(CDC))
  • 2020-09 デューク大の研究が、バンダナなどの代用品は保護効果がほとんどないと報告(米国(デューク大))
  • 2021-01-01 商標 ELEPHANT が I. Shalom から New York Accessory Group へ移る(ニューヨーク)
  • 2021-10-15 鼻が下の象の図形商標(1949 年登録)が取り消される(米国)
  • 2024-06 1921 年のブレア山の戦いの前に、鉱夫 Hub Bane が組合側の野営地へ巻いて向かった赤いバンダナを受け入れると、鉱山戦争博物館が発表(マテワン)
  • 2024-11-14 HAV-A-HANK の商標が Carolina Creative Enterprises へ移る(グリーンビル)
  • 2025-06 同じ赤いバンダナを、鉱山戦争博物館が専用ケースで展示し始める(マテワン)

参考文献

〜1800 インドの絹
1800–1868 赤い綿の量産
1869–1900 米国で国産化
1900–1959 働く人の布
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  • West Virginia Mine Wars Museum. "Original Redneck Bandana." https://wvminewars.org/store/original-redneck-bandana
  • Onion, Rebecca. "Redneck term origins." Slate, 2019-12./WV Public Broadcasting, 2015-05-18.
  • Hilgers, Laura. "The Global History of the Bandana." Smithsonian Magazine, Nov. 2020. https://www.smithsonianmag.com/innovation/global-history-bandana-180976040/
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  • Simplicity Fashion Magazine, Summer 1950/Summer 1959. Internet Archive.
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1960–1979 色が合図になる
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  • Wikipedia, "Headband"(典拠:Issitt, Hippies, 2009)。
  • Fischer, Hal. Gay Semiotics: A Photographic Study of Visual Coding Among Homosexual Men. San Francisco: NFS Press, 1977.(本文の写し:Queer Cultural Center、Internet Archive 2020-02-26 版)
  • Bob Damron's Address Book '80. 1980.「COLOR CODES (Handkerchiefs)」の頁(The Saint Foundation 所蔵本の写真による)。
  • Kacala, Alexander. "The Handkerchief Code, According to 'Bob Damron's Address Book' in 1980." The Saint Foundation, 2019-04-25. https://www.thesaintfoundation.org/community/hanky-code-bob-damrons-address-book
  • "Gay Semiotics Revisited." Aperture, 2015.
  • "Origins of the hanky code." sfgayhistory.com, 2014-08-27./Wikipedia, "Handkerchief code"(典拠:Stryker & Van Buskirk 1996; Jones 2017)。
  • Wikipedia, "Kerchief"/"Crips"(典拠:Williams & Smiley, Blue Rage, Black Redemption, 2007)。
1980– 世界の定番へ
  • The Bandanna Almanac. "The American Bandanna – The Elephant Brand." 2020(I. Shalom 社への聞き取り)。
  • 15 U.S.C. §70b(Pub. L. 98-417, 1984)。https://www.law.cornell.edu/uscode/text/15/70b
  • Victoria and Albert Museum 所蔵品の記録:T.77-2019(赤い綿のバンダナ、英国、c.1990)、T.97-2019(Springs Industries、米国、c.1990)。
  • United States Patent and Trademark Office, TSDR:Reg. No. 540024・513697・599408 の状態と譲渡記録。
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  • Fischer, Emma P., et al. "Low-cost measurement of face mask efficacy for filtering expelled droplets during speech." Science Advances 6, no. 36 (2020). doi:10.1126/sciadv.abd3083
  • KAPITAL. "THE ELEPHANT BRAND BANDANNA MUSEUM." https://www.kapital.jp/pages/soho/bandanna-museum.html/KAPITAL WHAT'S NEW「BANDANNA MUSEUM UPDATING!」2023-09-01、「BANDANNA MUSEUM」2026-04-21。
  • The Bandanna Almanac. "The Elephant Brand Bandanna Museum." 2014-05-06.
  • KAPITAL SOHO の展示と説明札(ターキーレッドの解説、ワークウェアのバンダナ、『Threads of History』)。/Collins, Herbert Ridgeway. Threads of History: Americana Recorded on Cloth, 1775 to the Present. Washington, D.C.: Smithsonian Institution Press, 1979.
  • 平田和宏『ELEPHANT BRAND』Mo-Books, 2008/『ELEPHANT BRAND 2』Mo-Green, 2009。
  • L'Officiel USA(Chanel Métiers d'Art 2013–14)/Snobette(Louis Vuitton × Supreme, 2017)/RUSSH(Louis Vuitton SS22)/Hypebeast(Dior × Cactus Jack, 2022)。

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